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福岡地方裁判所 昭和52年(行ウ)17号 判決

福岡市中央区薬院四丁目一番四号

原告

片井多美子

右訴訟代理人弁護士

清水正雄

清水隆人

市中央区天神四丁目八番二八号

被告

福岡税務署長 町田十二

右指定代理人

泉博

諸岡満郎

中島亨

金子久生

荒牧敬有

上野茂興

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五一年二月四日付でなした昭和四九年分所得額を三〇二万六八〇〇円とする更正処分および過少申告加算税一五万一三〇〇円の賦課決定処分を取消す

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、原告に対し、原告が昭和四九年九月一九日別紙目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)を訴外山内に代金一七〇〇万円で売渡したとして昭和五一年二月四日付をもって、本件不動産の譲渡所得に対する本税の額を三〇二万六八〇〇円と更正するとともに、過少申告加算税一五万一三〇〇円の賦課決定処分をした。

2  原告は、昭和五一年三月一一日、被告に対し、右処分を不服として異議申立をしたところ、被告は、同年六月一一日付でこれを棄却した。そこで、原告は、同年七月九日、国税不服審判長に対し、更に審査請求をしたが、同五二年三月四日付で右審査請求棄却の裁決を受け、そのころ、その旨の通知を受けた。

3  しかしながら、右建物は原告がその敷地である土地と共に居住の用に供してきたものであるから、右不動産の譲渡所得については、租税特別措置法(昭和五〇年法律一六号による改正前のもの。以下単に「措置法」という。)三五条一項の適用があるというべきであり、右適用がないとしてなされた本件更正処分およびその更正処分を前提とした加算税賦課決定処分は取消されるべきである。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2項の事実は認める。但し、原告主張の裁決がなされたのは、昭和五二年二月二八日である。同3項の事実は否認する。

三  被告の主張

1  原告の昭和四九年度における所得税の確定申告、これに対する更正、裁決の内容は、別表一記載のとおりであり、そのうちの、本件譲渡所得にかかる確定申告、更正、裁決の内容は、別表二記載のとおりである。

ところで、原告は、右確定申告において、訴外山内に譲渡した本件不動産が措置法三五条に該当するとして、別表一の確定申告欄記載のとおり、分離長期譲渡所得を零とする申告をした。

2  しかしながら、右不動産の譲渡により生じた所得については、措置法三五条(居住用財産の譲渡所得の特別控除)の要件に該当しない。よって、同条の適用はないものとしてなした被告の本件更正処分に違法はない。以下、その理由を述べる。

(一) 同法三五条一項には、「個人がその居住の用に供している家屋で政令で定めるものの譲渡をし、当該家屋とともにその敷地の用に供されている土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡(中略)をし、又は災害により滅失した当該家屋の敷地の用に供されていた土地(中略)の譲渡をその災害のあった日から一年以内にした場合」という要件が掲げられている。この要件を満たす場合は多額の特別控除という恩典を受けるのであるから、一般の譲渡所得の場合との租税負担の公平上、この要件は厳格に解さなければならないことはいうまでもない。このことは、同法施行令二三条に、「法第三五条第一項に規定する政令で定める家屋は、個人がその居住の用に供している家屋(当該家屋のうちにその居住の用に供している部分があるときは、その居住の用に供している部分に限る。以下この項において同じ。)とし」とあることからも、十分窺えることである。

したがって、居住の用に供している家屋の譲渡とは、譲渡時において当該家屋を居住の用に供していることを意味するが、ここに居住の用に供しているときは、生活の本拠をそこに置いて日常起居することをいい、真に居住の意思をもって、客観的にもある程度の期間継続してそこを生活の拠点としていたことを要するものと解すべきであって、短期間臨時的に、あるいは仮住まいとして起居していたというのみでは、居住の用に供していたことにならない。

(二) ところが、原告は、少なくとも昭和四九年五月ころまでは、本件建物を第三者に賃貸していてこれにみずから居住していたことはない。そして、右五月ころから本件建物を譲渡した同年九月一九日までの期間に、原告が同建物に居住していたか否かについては、その間同建物には電気、ガス、水道の供給がない状態が続いているところ、そのような建物に寝具を持込んで寝泊りしていたということは、通常考えられず、仮りに、原告が同建物で寝泊りしていたとしても電気、ガス、水道のない状態では、単に寝泊りだけをしていたというにすぎず、現今の社会通念上、それをもって生活の本拠たる実体を満たしているとは、到底いえない。

また、原告は、本件不動産については、昭和四九年六月八日および同月一〇日の両日にわたり、同不動産を売却する旨の新聞広告を出しており、原告が、本件建物を生活の本拠とする意思のなかったことは、明らかである。

かようにして、原告が、本件建物の譲渡時において、それを居住の用に供していたとはいえない。

3  なお、過少申告加算税一五万一三〇〇円の賦課決定については、その税額は、国税通則法六五条一項により納付すべき税額三〇二万六八〇〇円(但し、一〇〇〇円未満切捨)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出したものであるから、何ら違法はない。

四  被告の主張に対する原告の認否および反論

(認否)

主張1の事実は認める。同2(二)の事実は否認する。その余の主張は争う。

(反論)

原告は戦後間もなく本件土地を買入れ、昭和二六年右土地上に本件建物を建築して生活の本拠として永住するつもりで、同建物に居住していた。しかしながら、原告は独身であるうえ、玉屋百貨店に勤務する身であって、とかく帰りが遅くなり勝ちであることや、実弟片井喜久夫の居住する実家がすぐ近所にあった関係上、実家と本件建物を往来して生活してきた。右のような事情から、他人に本件建物を間借りさせてきたが、昭和四六年ころから、老後のことも考え、本件建物で喫茶店等を開業しようと計画し、間借人らの立退きを求めていたが、容易に埓があかず、最後に残った間借人吉田武子は一ケ月に一度か二度帰ってくるという状態で、電気、ガス、水道代等も支払ってくれず、その請求が原告宛にくるので、原告は、早く同人を立退かせるために本件建物の電気、ガス、水道を止める措置に出たものである。そして、原告は予定のごとく商売を開始するには、本件建物の老朽が甚しく、建替えが必要であったので、この計画を一応業者に相談したものの、建築材料の値上り等により、その現実に躊躇していたところ、偶々同一町内の不動産屋から、むしろ売却したほうが有利で、税金面についても免税の特典がある、と聞かされたので、老後の生活に現金を持っている方が良いと考え、本件売買をおこなったものである。

原告は、その生活の本拠というべき財産としては、本件不動産しか所有せず、したがって、同不動産を生活の本拠とする意思を有していたことは勿論、これに居住していた事実もあり(電気、ガス、水道の供給が止められていても、独身の身軽さから、外食や近所の実弟のところで食事をする等してまかなっていたものである。)、原告の、前記のごとき生活環境等の客観的諸事情からみて、本件建物の譲渡時において同建物を居住使用していたものと評価することができるので同建物の売買は、まさに居住用財産の譲渡というべきものである。

第三証拠

一  原告

1  甲一ないし一八号証

2  証人片井喜久夫、同片井良夫、同江副一夫、同米沢勇、同浜崎萬蔵、同天野忠雄、原告本人(一ないし三回)

3  乙一号証の三、第一〇、一一、一四ないし一九および二一号証の成立は認め、その余の乙号各証の成立は不知

二  被告

1  乙一号証の一ないし四、二号証、三、四号証の各一、二、五ないし二一号証

2  証人岩永隆男(一、二回)、同有馬国光

3  甲二ないし四、七、八、一三、一六号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める。

理由

一  請求原因1、2項の事実(担し、審査請求に対する裁決の日は昭和五二年二月二八日であることが、弁論の全趣旨により明らかである。)および被告の主張1項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件不動産の譲渡に関し、措置法三五条一項(居住用財産の譲渡所得)の適用があるか否かにつき検討する。

1  措置法三五条一項は、個人が居住の用に供している資産(家屋およびその敷地に関する権利)を譲渡した場合の譲渡所得の算定に関する特例を定めたものであるが、譲渡所得についての収入金額の権利確定の時期は、譲渡資産に関する所得権その他の権利が譲受人に移転する時期であるというべきであるから、譲渡資産に関する権利移転の時期ないしはこれに接着する時期に至るまで、これを居住の用に供していれば、同条項の適用があるものということができる。これを本件についてみれば、本件不動産が昭和四九年九月一日に代金一七〇〇万円で売渡されたことは、当事者間に争いがないので、特段の事情がない限り、右時期に権利が移転したものと解せられ、右時期あるいはこれに接着する時期までに原告が本件不動産を居住の用に供していたとするならば、措置法三五条一項の適用をうけることとなる。

2  そこで、右時期に至るまでの原告の本件建物の使用状況につき按ずるに、

成立に争いのない乙一五ないし一九および二一号証、証人岩永隆男(一回)の証言により成立の認められる乙一号証の一、二、第三号証の一、二、第四号証の一、第五、七、一二号証、同証人の証言(二回)により成立の認められる乙二〇号証、証人有馬国光の証言により成立の認められる乙二、六八、九、一三号証、右各証人、証人浜崎萬蔵の各証言によれば原告は、少なくとも昭和四四年七月一三日から同五〇年一月七日までは、福岡市西区高取一丁目一の一一長尾アキ方の一室を今泉多美子の名で間借りしていて、その間数回に亘り警察官が巡回訪問してきた際にも、現に同アパートで居住している旨申告し、同所に実際には居住していないというようなことは全く告げていないこと、また、原告は、昭和四六、七年ころから右高取一丁目一の五で酒屋を営んでいる浜崎萬蔵と面識があり、同酒店から同人および同人の妻を介して酒類を購入したり、同酒店の前で同人と立話をしたりするような間柄であったこと、さらに、原告が、右高取一丁目一の一六所在の米殼等を随時購入していたこと、本件建物に間借りしていた税田キミ子、吉田武子、渡辺利昌、および渡辺常人らのいずれもが、本件建物内で原告と殆ど顔を会わせたことがないこと、本件建物の貸間の斡旋をしたことのある加藤ふみが、夜間原告と連絡をする際、西新方面に電話で連絡したことを記憶していること、本件建物を買受けた山内洋一が同建物の引渡を受けた際、同建物内部には、ゴミの山積していて、ホコリだらけであり、かなり長期間空屋のまま放置されていたことを物語るような状態であったこと、し尿汲取代金の集金の仕事をしていた倉田縫子が、昭和四九年六月一九日に本件建物に集金に行った際、右建物には誰も住んでいないようすで、荒れ果てた状況であったこと、以上の事実が認められる。そして、これらの諸事実をかれこれ考え合わせると、原告は、少なくとも昭和四四年ころから同五〇年ころまで、前記長尾アキ方の一室を間借りして居住し、その間本件建物にはあまり寄りつくこともなく推移し、従って、本件不動産の譲渡時である昭和四九年九月九日あるいはそれに接着した時期において、本件建物には居住していなかったものと認めることができ、これに反する、証人片井喜久夫の証言により成立の認められる甲三号証、同米沢勇の証言により成立の認められる同四号証、同天野忠雄の証言により成立の認められる同七号証、右各証人、同片井良夫、同江副一夫の各証言および原告本人尋問の結果(一ないし三回)は採用できない(右各証拠のうち、甲号各証はいずれも供述書の実質を有するものである。)。なお、成立に争いのない甲一〇号証、原告本人尋問の結果(一回)により成立の認められる甲二、一六号証および同尋問の結果(一、二回)によれば、原告が昭和四八年三月二三日本件建物に住民登録をうつし、また同地の赤十字会にも属していたばかりか、昭和四九年五月に原告の勤務先である株式会社玉屋に提出した住所、家族等届出の書面にも、原告の居住地として本件建物の所在地が記載されていることが認められるものの、他面、右各証拠によると、原告はもともと本件建物から五〇メートル位しか離れていない、福岡市中央区薬院四丁目一番四号所在の弟片井喜久夫方に居住し、同所付近の赤十字会にも入会していたこと、右片井喜久夫方から本件建物に住民登録を移したのは、当時本件建物を間貸していた間借人に同建物の明渡を求める便宜からであり、勤め先の玉屋に提出した前記書面には、本件建物に弟喜久夫等も居住しているものとして記載されていることが認められるので、外形的に一見居住を窺わせるかのごとき前記諸事情も、いまだ実際に原告が本件建物に居住していたことを物語るものとまではいえず、右居住していないことを裏付ける前認定のごとき諸事情の説得力を減殺するものではない。

三  そうすると、結局のところ原告の昭和四九年度における所得、諸控除額はもちろん、本件不動産の譲渡による収入、取得費、譲渡費用等については、いずれも当事者間に争いがないこと前説示のとおりであるから、原告が本件建物を居住者の要に供していたとはいえず、措置法三五条一項の適用はうけられない場合である以上、原告に課せられるべき昭和四九年度所得税額および原告がこれを過少に申告したことによる加算税額は、いずれも被告主張のとおりの金額となることが明らかである。

してみれば、措置法三五条一項の適用がないことを前提としてなされた本件更正処分および過少申告加算税賦課決定処分には何らの違法もない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原曜彦 裁判官 児嶋雅昭 裁判官 宮川博史)

目録

一 所地 福岡市中央区薬院四丁目

地番 二五番

地目 宅地

地積 八九・二五平方メートル

二 所在 福岡市中央区薬院四丁目二五番地

家屋番号 二五番

種類 店舗兼居宅

構造 木造瓦葺二階建

床面積 一階 五一・九〇平方メートル

二階 三七・〇二平方メートル

別表一

〈省略〉

〈省略〉

別表二

〈省略〉

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